湯飲みの横に防水機能のない日記

色々壊れてて治療中。具合のよくないときに寝たまま携帯で書くために作ったブログです。ほんとにそれだけ。

朝の伊勢物語

 

亭主と結婚して十五年くらいになるけれど、今日はじめて、我が家には「古今和歌集」が無いらしいことを知りました。

 

たしか今年は「伊勢物語」のゼミ持ってるって言ってなかったか? 

冒頭、いきなり古今集の歌でてくるのに、手元になくていいのか?

職場にはあるんだろうけど。

書斎と書庫への素潜りでは見つけられなかっただけなのか。

 

まあ、どっから何が出てきてもおかしくない書斎および書庫ではあるけど。亭主はまだ寝てるし、起きたら聞いてみよう。


で、その「伊勢物語」冒頭の話に出てくる歌。

 

かすが野の若紫のすり衣しのぶのみだれ限り知られず


奈良市春日野のあたりを旅していた「男」が、さびれた町ににつかわしくない、妙にイケてる女を見かけて、ナンパ心をくすぐられて、ソッコーで詠み、自分の服のきれっぱしに書きつけて贈った歌。

 

その服の模様が「しのぶずり」という、乱れで有名なタイプのものであることに、恋の思いで心が「乱れ」ていることをひっかけているのだろうなと、歌をもらった女性に思わせようとしているわけだけど、歌の中にあるのは模様の話ばかりで、恋愛感情については実は何も語られていない。真心なしの、スカスカの歌。

 

      《意訳(大誤訳)》


      こんな田舎に
      キミみたいなカワイコちゃんがいるなんて
      ねえ、若紫ちゃん。
      キミのこと、そう呼んでもいいかな?

      ところでさ、今日の俺の服、どう?
      けっこうキマッてると思わない?
      この模様の乱れっぷり。
      これ見て、キミへの俺の気持ち、察してくれる?

      ねえ。
      なんなら俺と
      みだれて、みない?

 

こんなバカなナンパには、おそらく若紫ちゃんは見向きもしなかったのであろう。首尾については、物語中には書かれていない。

 

バカ男の詠んだ歌には、元になった歌がある。

 


 みちのくの忍ぶもぢずり誰ゆへに
          みだれそめにし我ならなくに


これは、古今和歌集に収録されている、源融(みなもとのとおる)というひとの歌である。

 

ナンパ男の歌とは違って、この歌は、ちょっと分かりにくい。すんなり意味が取れないのである。


「みちのくの忍ぶもぢずり」のところを、とりあえず置いておいて、残りの部分を単純に現代語に置き換えてしまうと、


「誰のせいで乱れ始めた私じゃないのに」


となってしまって、日本語として、ちょっと変になる。いま私の手元にある岩波古典体系本(旧体系)の頭注では、これを、


「あなた以外の誰かのせいで心が乱れ始めた私ではないのに。専らあなたのせいなのです」


としている。つまり「誰ゆへに」の前に「あなた以外の」を補って、つじつまを合わせているのだけど、その補いにどんな根拠があるのかは、特に説明されてない。

 

それで別の読みを考えてみようと思ったのだが、一つだけ、どうもはっきりしないことがある。


融さん、一体あなたは、「乱れて」いるのか、いないのか?


体系本の頭注の解釈では、融さんは「乱れて」いることになっている。

なので私は、まだあまり「乱れて」いない訳を試みてみよう。

 

      《意訳(大インチキ訳)》


    いま流行の、サイケデリックなこの模様。
    しのぶもじずりという技法。
    ねじれて、ぐちゃぐちゃ。狂おしく。

    誰のせいで、こんなになった?

    模様にじっと見入る私。
    ふと、シンクロしそうになる心。

    私はまだ、あなたなどに、
    乱れはじめてはいないのに。
    
    
    

心が「乱れる」というのも、よく考えると、分かりにくい状態である。

 

今まさに恋をしている最中なら、まず、一途に相手を「思う」のではなかろうか。その「思い」が「乱れる」にあたっては、何か事情があるはずで、それはたとえば相手の不実や浮気だったり、関係の不安定化のせいだったり、別の異性に目移りしそうな状況だったりするのではなかろうか。

 

「しのぶもぢずり」の実物を、残念ながら私は見たことがない。なので、どんな模様であるのかは、「乱れ」という言葉から推し量るしかない。


辞書によれば、古典語の動詞「みだれる」は、こんな感じということになっている。

 

 《保たれるべき秩序が失われる意》
   1.ばらばらになる。収拾がつかなくなる。
   2.くずれる。
   3.態度・服装などが礼儀に外れる。
   4.まちまちになる。まじりあう。
   5.政治などが混乱する。
   6.心が定まらず混乱する。精神が錯乱する。 

         (岩波古語辞典より)

 

 

「乱れ」た心は、やはり素直に一途に相手を思ってはいない。

さまざまな思いが錯綜し、混濁し、整理がつかなくなっている。
自分で自分の気持ちがつかめない状態。

「乱れた」ひとは、そのぐちゃぐちゃをそのまま歌にし、相手におくる。請求書かなにかのように。

 

まだ「乱れ」ていないひとは、思わせぶりに「乱れ」をかざして、相手の気を引き、恋のバトルの先手を取ろうと試みる。

 

「乱れ」とは、そういうアイテムなのだろうと思う。

 

(2005年05月15日) 

 

※過去日記を転載しています。