湯飲みの横に防水機能のない日記

色々壊れてて治療中。具合のよくないときに寝たまま携帯で書くために作ったブログです。ほんとにそれだけ。

きょうだい

親が気づかないうちに、息子(3歳・重度自閉症)と長女さん(5歳)の精神的なつながりは、とても深いものになっていたようだ。

 

ゆうべ、長女さんはまたしても息子と風船遊びをしようとした。けれども息子はまたしても疲れていた。ムリもない、きのうは早朝から夕方まで、療育に走りまわっていたのである。

 

長女さんのほうも、炎天下に私の病院に付き合うなどして、体力を消耗していた。そのため遊びは盛り上がらなかった。長女さんが風船を持って逃げても、息子は見つめるだけで追いかけない。長女さんが息子に風船を持たせてやると、一度だけ、ぽんとトスを上げたが、それっきりだった。盛り上がらない遊びに苛立った長女さんは、ぷいっと息子に背を向けて、

 

「おふとんの国に行くもん」

 

といって、一人でとーちゃんの布団の奥にすっぽりもぐりこんでしまった。

とたんに、息子は混乱した。「あーっ」と悲鳴のような声を上げて、姉を布団の山から掘り出そうとしたが、長女さんは布団をしっかり握って放さず、顔も出さない。息子は大騒ぎしながら、必死の形相で姉を捜索しつづけた。

「あーっ、あーあーっ」
「はいっちゃだめっ」
「あーーーーっ、だいだいー」

息子があまり悲しむので、私が長女さんに「出できてあげて」と声をかけた。長女さんもすっかり蒸れ上がっていたようで、素直に布団から脱出した。

 

すると息子はすぐに泣き止んだけれど、ぷいっと姉から視線をそむけて、顔を見ようともしない。そのまま私のそばに来て座りこむと、表情のない顔で胸に甘えたり、私の腕をなでたりしている。私は長女さんを呼んで、言った。

「◯◯はね、おねえちゃんが急に見えなくなって、ものすごーく淋しかったんだよ。あんたも淋しいとき、あるでしょ。そういうとき、どうしてほしい?」

すると、長女さんは、「ほら、いるよ」と言って、息子の頭をなでなでしはじめた。すると息子は、声も出さずにボロボロと涙をこぼし始めた。長女さんは狼狽した。

「なでたら、泣いちゃったよー」
「すごく淋しかったんだよーって、お姉ちゃんに言いたいんだと思うよ。もう少しなでてあげてね」

長女さんにやさしくなでられればなでられるほど、息子の涙の量は増えてきた。そのうち口をへの字にまげて、しゃくりあげはじめた。けれども、姉になでられている頭は逃げようとしなかった。長女さんがなでるのをちょっと休むと、息子のしゃくりあげは止まる。けれども涙はとまらない。長女さんがまたなではじめると、息子は悲しみを新たに思い出したかのように、またしゃくりあげはじめる。長女さんは、

「うーん、ながいねえ」

とつぶやきながら、三十分も息子をなで続けなければならなかった。

きっと息子には、姉を思う気持ち、姉に言いたい気持ちが、たくさんあるのだと思う。ゆうべはそれが、全部涙になって出ていたように感じられた。息子が生まれたときからそばにいるけれど、ときどき入院していなくなってしまう長女さん。いろんなことができる長女さんは、息子にとって、最高のヒーローだったのかもしれない。

一年ほど前、長女さんが字を書き始めたときの、息子の興奮を思い出す。ペンを持ってテーブルについている姉の周りで、息子はずっと踊りまわって、片時も目を離さなかった。これはいまでもそのままだ。息子は、字を書ける姉が大好きだし、自分も同じように書いてみたかったのだろう。その姉が、布団の奥底に隠れてしまうことは、息子にとって、この上ない痛手なのだ。

そのことを、ゆうべ、長女さんも、親の私も、はじめて気づいたのだった。


(2001年7月18日)

※過去日記を転載しています。

 

 

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