惟喬のみこの許(もと)にまかりかよひけるを、かしらおろして、小野といふ所に侍りけるに、正月(むつき)にとぶらはむとて、まかりたりけるに、比叡の山の麓なりければ、雪いと深かりけり、しひて、かの室にまかりいたりて、をがみけるに、つれづれとして、いと物悲しくて帰りまうできて、よみておくりける
なりひらの朝臣
忘れては夢かとぞ思ふ思ひきや雪踏みわけて君を見むとは
古今和歌集 巻第十八 雑歌下
【意訳】
在原業平は、惟喬親王のもとに出入りしていたのだけれども、親王が出家して小野というところに居りましたので、正月に訪問しようと出向いたところ、そこは比叡山の麓(ふもと)だったので、雪がとても深かったのだけれども、無理をして庵室までやってきて、お目にかかったのだけれども、しんみりとして、どうにも物悲しくてならず、帰ってから歌を詠んで贈った。
ふと現実を忘れてしまって、あれは夢だったのではないかと思ってしまうのです。
だって、思いもしませんでしたから。深い雪を踏み分けて、貴方様に会うなどということを。
………
惟喬親王は、文徳天皇の第一皇子だったけれども、母親(紀静子)の後ろ盾が、第四皇子の惟仁親王よりも弱かったために、皇位を継承できなかったという。
惟喬親王の母親である紀静子は、紀有常の妹。
そして在原業平は、有常の娘と結婚している。
つまり惟喬親王は、業平にとって、妻の父親の甥であり、妻の従兄弟という関係になる(でいいのかな。ややこしいな)。
有常も惟喬親王の元に通っていたというから、三人で集まって楽しく過ごすこともあったのかもしれない。
また、業平は、惟喬親王の妹である伊勢斎宮恬子内親王と、密通をやらかしたこともある。
さらに業平は、自分の舅である有常に、恋の歌を贈ったこともある。
君により思ひならひぬ世の中の人はこれをや恋と言うらむ
(貴方のせいで、私もようやく思い知りましたよ。世間の人々は、こういう気持ちを恋というのでしょうかね)
「伊勢物語」第三十六弾
くどいようだが、歌の送り先は自分の舅である。
【ダメな意訳】
ああもう、どんな悪夢なんでしょうかね、これは。
こんなに貴方との距離が隔たってしまう日がくるなんて、想像もしませんでしたよ。
昔はあんなに貴方が近かったのに。
たとえ会えない日が続いたって、妻の顔さえ見れば、そこに貴方の面影があったし。
貴方の妹も貴方によく似てましたけど、一夜限りの密会だったから、物足りなかったなあ。
古びた妻がいろいろと鬱陶しくなってからは、舅の有常さんに会えばよかった。
有常さんは男だから、妻よりもずっと濃い貴方の面影を見ることができるしね。やっぱりいいよね、男は。うん。契れないけどね。それはそれで。
でも、どんなに似ててもホンモノじゃないんだよね。
本命は貴方です。
そばにいたいんです。なにがなんでも。
ドカ雪なんぞに心折れてはいられません。
命ある限り、ストーキングは続けますよ。
………
参考にした本。
窪田空穂「古今和歌集(全現代語訳付)」やまとうたeブックス
「新版 伊勢物語 付現代語訳」角川ソフィア文庫
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夢の歌(古今和歌集・紀貫之) - 湯飲みの横に防水機能のない日記
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