湯飲みの横に防水機能のない日記

色々壊れてて治療中。具合のよくないときに寝たまま携帯で書くために作ったブログです。ほんとにそれだけ。

三浦綾子「氷点」読了

昨日Kindleで上巻をダウンロードして、内容の重さにたじろぎながらも読み始めた「氷点」。

 

↓昨日の日記

氷点を読もうとしている - 湯飲みの横に防水機能のない日記

 

あっという間に、上巻を読了。

下巻(は読み放題ではない)もダウンロードして、イッキ読み。

 

 

三浦綾子 電子全集 続 氷点(下)

三浦綾子 電子全集 続 氷点(下)

 

 

キリスト教で言われる「原罪」を、作者がどう捉え、あらゆる苦しみのなかで人が生きることをどう受け止めていたのか、自分なりに、すこしは理解できたように思う。

 

求めた愛を得られないことからくる嫉妬、憎悪が、悲劇を作り出し、そこからさらに憎悪が生み出されていく。その憎悪の連鎖は、全ての罪を受け止めて自ら命を断とうとする少女、陽子が現れるまで、誰にも止められなかった。

 

 

人妻の夏枝を執拗に誘惑し、夏枝の家族を邪魔者として憎んでいることを隠しもしなかった村井は、作中では最も浅ましく身勝手に見えるけれども、愛から遠いという意味では一番不幸な人物だったかもしれない。彼は、夏枝を手に入れられない腹いせに、自分の不貞を諌めた女性を逆に脅して陵辱し、失踪させたばかりか(彼女は自殺したであろうことが仄めかされている)、それを全部夏枝夫妻に責任転嫁した。どれほど苦しんでも、九死に一生を得るような体験をしても、村井には、妬み嫉み奪い取る以外の生き方への気づきは起きなかった(続編でどうなったかは知らない)。

 

不倫の露見を恐れながらも、自分の美貌への村井の執心に快感を覚えるような女性であった夏枝は、そのことが原因で実の娘を失い、夫を亡くしかけるという経験をして、家族をかけがえのないものと思う機会は何度もあったのに、なにかと理由をつけては嫉妬や憎悪を外に向けるという方法で、自分の醜い内面と向き合うことから逃げ続けた。

 

村井や夏枝のような人は、きっと太古の昔からいて、不幸の種を蒔いていたのだろう。そういえば旧約聖書にもでてきてた(日曜学校で習った)。父であるヤコブの愛を一身に受けたヨセフが、嫉妬にかられた兄たちの謀略でエジプトに売り飛ばされ、そこで奴隷として働いている時に、あるじの奥さんの誘惑をはねのけたら逆恨みされて投獄されて、という物語。記録されず、忘れられていった無数の類似の出来事が、「姦淫してはならない」「隣人の妻や財産を欲しがってはならない」というような戒めの原因になったのかと想像すると、心が暗くなる。妬み嫉みのために、どれだけの人が人生を誤り、命を落としたのだろう。

 

 

 

妻と部下の裏切りを察して憎悪にかられ、自分を愛さない妻への報復を決行してしまった啓造は、その後も嫉妬と憎しみに縛り付けられながらも、なんとか憎悪の連鎖から抜け出たいと願い、聖書を手に取り、教会に足を運ぼうと試みたりもするけれども、自ら断ち切る勇気を持つことはなかった。

 

自分の娘を殺した男の子供を引き取って、それと知らせずに妻に育てさせることで、浮気した妻を深く傷つけようという啓造の心の闇は、自分のやっていることの醜さや罪深さをある程度自覚し、恥じ入っているだけに、村井や夏枝よりも深いように思われる。妻に愛されないことで、医師としての自分の存在意義すら揺らぎ、誇りを見失ってしまう啓造は、孤独な幼子と変わらない。

 

 

村井と夏枝の密会中に殺されてしまった、夏枝の娘、ルリ子は、死ぬ直前に、誰も自分と遊んで(愛して)くれないという、悲しい言葉を残していった。まだ三歳だったという、ルリ子の言葉は、この物語に出てくる人々全員の心の欠損を代弁したものだったようにも思う。

 

 こんな家庭に引き取られ、「愛娘を殺した犯人の遺児」として、養父母から愛されずに育った陽子は、幸か不幸か、憎悪の連鎖を断ち切る力を持っていた。彼女だけは、求めても得られない愛情に執着することなく、自分をめぐって渦巻くドロドロした感情をすべて自分の問題として取り込み、真正面から葛藤し、そして凍ってしまった……のだと思う。

 

ルリ子の殺された河原で睡眠薬自殺を図った陽子は、啓造や夏枝たちの懸命な看護の末、かすかに生き延びる気配を見せたものの、下巻の最後まで目を開けることはなかった。

 

新聞連載時、陽子の蘇生を願う読者から、たくさんの電報が届いたという。それで作者は続編を書くことになったというけれども……。

 

 

続きを読むのは、もう少しあとにしようと思う。

目覚めても、陽子の前途はかなり大変そうだから。(´・ω・`)